趣味で研究していたリポソーム化粧水を
会社で研究することになったきっかけを
教えてください。

NANOLYS®の原型を自宅で開発し、自分で使っていくうちに、肌の状態がみるみる良くなってきました。いつも「痛い」状態は完全に脱し、赤みも引いて、とても心地よい状態が続きました。ある時会社で仕事をしていると、自分の顔から何かが「ポロっと」落ちました。どうしたんだろうと思って小さな粒を拾ってみると、それは何と肌の「角栓」でした。まさかと思い、角栓が取れたところを鏡で見てみると、やはりすっぽりと穴が空いています。一体何が起きたのかと不思議に思っていると、「次々にポロポロ」と角栓が落ちてきます。まるで冬の落ち葉のようにです。その日からというもの、日々角栓が落ちていくとともに毛穴は小さく、肌もツルツルと滑らかになっていく中で、うれしい気持ちと同時にある想いが湧いてきました。「この化粧水であれば、自分だけでなく肌の悩みを抱えている世の中の多くの人の役に立てるのではないか?」という想いです。
一方、私生活で転機が訪れたのが、第1子の誕生でした。出産から新生児の子育てもある中で趣味の化粧水づくりに毎週丸1日を費やすことに自分自身が抵抗を感じ、一旦「開発」を中断することにしました。ひと段落したら再開しようと思っていましたが、子供が生まれてからは更に目の回るような忙しい日々。このままでは自分のライフワークである化粧水作りの再開はいつになるかわからない。そう思った私は妻に自分から相談しました。「このリポソーム開発を仕事にしたい。独立という方法もあるけれど、ここまで自分を育ててくれた会社にまずは相談してみたいがどう思うか?」と。そうすると妻は「なぜ会社に相談しないのかとずっと思っていた。あなたのやっていることはいずれ世に出るべき技術。まず会社に相談すべきだと思う」と、私が予想もしていなかった反応を返してきました。当時の私は研究所に所属はしていたものの、研究員という肩書ですらなく、設備メンテナンスを担当する部署にいたのです。そんな自分が自宅で趣味として研究していた技術が会社に認められるのだろうか、ただ厄介者扱いされるだけなのではないか、と不安もありました。とはいえ、全くの素人が独立したとてできることは限りがあります。会社には、私などより遥かに優秀な、様々な分野のプロフェッショナル達が集まっています。もし皆の力を借りることができれば、私が独りで広めていくより、もっともっと多くの悩みを抱える方達にこの技術を届けることができるのではないか。そもそも、自分の会社の周りの人達を納得させられない程度では、独立したとて赤の他人に認めてもらうこともできないはず。妻の後押しもあり決心を固め、会社に「業務としてリポソームの研究をさせてほしい」と申し出ることにしました。

会社での反応はいかがでしたか?

それこそ苦労しました。まず会社として取り組めるようになるまで丸3年。とはいえ、その時々での上司に恵まれたことに感謝しています。2014年に直属の上司に相談したところ、「私はリポソーム自体については詳しくないが面白い!すぐにこの内容を関連部署にプレゼンしよう!当社は様々なプロフェッショナルが集まっているが、それぞれの専門性が高いが故に、他部署からのアイデアがなかなか出にくいところがあると感じていた。このようなアイデアが他部門から出てくるのが研究所として望ましい姿だと思う。打ち明けてくれてありがとう!しかしまさか、研究と全く関係ない部署からこんな話が出てくるとは思わなかった」とお言葉をいただき、早速翌日には関連部署のメンバーを集めてプレゼンとなりました。しかしそこからが難しい。やはり「リポソームはそう簡単にできるはずがない」「ましてや家で作ったなんて信じられない」と厳しい声が相次ぎました。自分が開発したものが、本当にリポソームになっているのか?実はこの段階では私を含めて誰にもわからない状態でした。私自身はできていると信じて疑わなかったのですが、学術的にその存在が確認できない限りは、会社組織としてはゴーサインが出せません。ともかくまずは調べてみようということで、社内の設備で確認してもらうことになりました。もし本当にリポソームが存在するのであれば、偏光顕微鏡を使うことで特徴的な十字型の像(マルテーゼクロス)が見えると言われています。ところが、通常の光学顕微鏡では、そもそも粒子そのものが見えない。偏光顕微鏡にしても何も見えない。試しにリポソームを謳う市販化粧品でも確認しましたがやはり何も見えない。粒子が小さすぎるので光学顕微鏡では見えないのではないか、ということでした。どうやら大掛かりな規模の電子顕微鏡でないと見られないとの結論となり、振り出しに戻ります。そんな遣り取りを続けていると、長らくリポソームだと思っていたけれど、本当はそうではないのかもしれない、と弱気にもなってきます。自分にも自信が無くなってきていたそんな中、当時の研究所長から、「電子顕微鏡で確認すればいい。確認してもらえるところを探して是非やってみろ」と指示が出ました。大きな前進でした。
長谷川香料にはリポソームの確認に適した電子顕微鏡が無いため、各方面から情報を集め、必死に電顕観察のお願いの連絡をする毎日。結果的には、とある施設に電子顕微鏡像を撮影していただき、最終的にその存在を認めてもらうことができました。その時の喜びは忘れられません。自分が追い求めていたものが業界の常識を超えて実現できていることが証明された瞬間でした。その後2016年10月にフレグランス研究所に異動し、翌2017年から本格的にリポソーム開発に着手することができるようになりました。
事業として開発するという事は、今までのような「自分が満足できればよい」という開発スタンスは通用しません。慎重に原料を選び、分析部門に原料の組成や出来上がりの品質を確認してもらい、乳化部門や製造部門には製造レベルでの課題は何かを確認してもらい、営業部門にはお客様となる化粧品メーカーの課題は何かなどを徹底的にリサーチしてもらいました。皆の力で開発をブラッシュアップしていくことで、NANOLYS®の強みが明確に定まってきました。そんな中で「自分自身の肌に起きた変化」についても、どうやら従来のリポソームには無い特筆すべきものであるということが分かってきました。例えば、「角栓がポロリと落ちた」「ニキビができなくなった」「敏感肌が改善した」などの体験です。その後、研究成果を踏まえて特許や商標を取得し、各種安全性試験を行いながら、社内でのコンセンサスを得、2020年に長谷川香料としてNANOLYS®の販売を開始するに至りました。

最後にNANOLYS®の未来と、
NANOLYS®を使ってもらいたい方々にメッセージをお願いいたします。

会社に相談してから発売まで6年、個人での開発期間を入れれば、10年以上の開発期間を要したことになりますが、これからが大切な期間だと考えています。
「世の中全ての敏感肌に革新的なナノソリューションを」“Innovative Nano Solution for Sensitive Skin“というブランドメッセージは、私と長谷川香料の想いが融合したブランドメッセージです。このプレリポソームが世の中全ての敏感肌で悩む人に「届け。」という想いがとても良く表現されていると思っています。いつの日かリポソームといえばNANOLYS®という時代が来るように、これからもNANOLYS®の研究を進めていきたいと思います。